【工学研究科生命工学系】地元企業の課題に取り組んだ研究成果を自ら学術論文に

今回は大学院生の活動をご紹介します。登場するのは大学院工学研究科生命工学専攻修士2年の谷口さくらさん(岡山県立玉島高等学校卒業)です。谷口さんは先頃、地元企業の課題に取り組んだ卒業研究の内容を、自ら執筆して科学論文にまとめ、審査付き学術雑誌に掲載されました。

この件について、岩本教授から報告を受けましたのでお伝えします。(投稿:学生課)

 


<実験中の谷口さん>

 本研究室では環境負荷の少ない、天然のバイオマスを原料とする素材(ヒドロゲル)の研究をしています。バイオマスとしては、カニなど甲殻類の甲羅に由来するキトサンという物質を利用します。このキトサンを含むゲルは重金属などをよく吸着するので、環境から有害な重金属を回収する技術について研究していたのですが、金や白金など貴金属も回収できないか試したところ、パラジウム(Pd)という白金族の貴金属を効率的に吸収・回収できることが分かりました。パラジウムは自動車の排気ガス触媒や歯科用途(銀歯)等に使われる産業価値の高い金属で、その最大の供給国はロシアです。谷口さんが卒業研究を始めた頃は、ロシアがウクライナに侵攻して経済制裁を受け、世界的にパラジウムの価格が急騰していた時期でした。そこで実際に工業廃液からパラジウムが回収できないかと考えていたところ、たまたま出席した大学の企業懇談会で、福山市箕沖にある柿原工業株式会社の柿原卓矢常務取締役とお話しする機会を得ました。

<左:実験条件を変えて作成したゲル、右:柿原工業様提供のメッキ見本(左:光沢仕上げ、右:艶消し仕上げ)>

お話によると、柿原工業様はプラスチックメッキの会社で、メッキの初期過程で触媒としてパラジウムを大量に使うこと、使ったパラジウムは廃液として流してしまうこと、パラジウムの回収を試みているがうまくいっていない事などを伺いました。そこで同社を訪問し、巨大なタンクから流れ出る廃液を少し頂いて研究室に持ち帰り、谷口さんが色々調べたところ、パラジウムをうまく回収できることが分かりました。また、金や白金に比べてなぜパラジウムが効率的に吸着・回収されるのかも突き止め、一連の研究成果を卒業研究にまとめました。このあたりの詳細は10月にJ-STAGEで一般公開される論文をお読みください。

<大塚豊学長からの表彰風景>

 ここまではよくある話で、谷口さんがすごいのはここからです。大学院進学後はテーマを変え、より環境負荷の少ない天然物ベースのゲルを、簡便・安価に作る研究に取り組んでいますが、卒業研究が埋もれてしまうのはもったいないと思い、卒業論文を学術論文として世に出すべく、谷口さん自ら論文の執筆を始めました。私も長年教員をやっていますが、卒論の内容を自分で学術論文にしようとした学生は谷口さんが初めてです。論文は見よう見まねで書いたそうですが、とてもそうとは思えない出来映えでした。当時研究室に在籍されていた日本学術振興会RPDの新田祥子研究員と一緒に論文の完成度を高め、思い切って審査付きの専門誌に投稿してみました。その後は普通の論文投稿と同じで、何度かレフェリーとやりとりの末、無事掲載してただくことができました。このように、女性としては珍しい化学分野の女子学生が、地元企業が抱える課題に取り組み、その成果を自ら執筆して学術誌に掲載された事は結構インパクトがあったようで、中国新聞様と経済リポート様に記事にして頂きました。また8月初旬、大塚豊学長からは表彰状と御祝まで頂きました。

<左:研究室にて、右:左端は鶴田副学長、右端は岩本教授>

 現在は人手不足で就職状況が良いせいか、生命工学部では大学院に進学する学生が少なくなっています。一方、大学院は過ごし方次第で大変充実した時間を送ることができ、人生で得がたい経験ができます。ぜひ在学生の皆様、卒業後の進路のひとつに大学院進学を加えて頂けると幸いです。では、最後に谷口さくらさんのひとことで、この記事を締めくくりたいと思います。

「地元企業の課題に取り組んだ卒業研究の内容が学術論文として掲載され、大変嬉しく思います。卒業後は化学系の会社に就職が内定し、来年四月からは社会人として、また気持ちを引き締めて頑張ります。」(谷口さくら)

《掲載論文》

・谷口さくら、新田祥子、岩本博行「キトサンナノファイバーヒドロゲルを用いためっき廃液からの選択的パラジウム回収」『環境資源工学』71、10-14 (2024)

 

学長から一言:メッキ用の廃液から貴金属にも分類されるパラジウムを取り出す技術を開発し、しかも学部の卒業論文を発展させて学術誌に掲載される本格論文にまで仕上げた大学院工学研究科生命工学専攻修士課程の谷口さくらさん、おめでとうございます。学長室で報告を受けた際の話の中で、谷口さんは弓道部の中心的存在であり、文字どおり文武両道の優秀な人材であることを知りました。今後の益々の活躍に期待します。