【生物科学科】著書出版:進化生物学~DNAで学ぶ哺乳類の多様性~

2003年に技術職員として本学に勤め始めてから21年が過ぎました。これまでたくさんの学生たちと一緒に研究してきましたので、その成果をぜひ本にまとめたいとずっと考えてきました。その思いが通じたのか、東京大学出版会から声をかけていただき、1年半の執筆の末、「進化生物学~DNAで学ぶ哺乳類の多様性~」という本が出版となりました(2024年7月17日)。著者である佐藤生物科学科)が内容を紹介します(理事長、学長への報告はこちら)。研究室配属前の学部生を対象とした本ですが、高校生や一般の皆さんにもぜひ読んでほしい本です。自然と共生することを目標とした現代社会において、なぜ、進化生物学を学ぶ必要があるのかを説いています。

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楽しい哺乳類の研究をイメージ

カバーの絵は、私(佐藤)が編集長をしている日本哺乳類学会英文誌Mammal Studyの表紙画でいつもお世話になっている柏木牧子さんに作成していただきました。地球という有限の惑星の中に島があり、日本の哺乳類たちでにぎわっている、そんな様子を、学生が手に取りやすい「ゆる~い」絵で表現していただきました。島をよく見ると外枠は2重らせんになっています。そうDNAです。DNAの上には進化の痕跡が残されているのです。本の第1章から第6章までの内容を簡単に紹介しますね。

瀬戸内海島嶼のアカネズミの研究

2003年、私が初めて福山に来た時にとっても感動した瀬戸内海の多島海の美しさ。この島の生き物がどのような進化の道のりを歩んできたのかという疑問を、アカネズミのDNAを分析することで明らかにしてきました。第1章では、基礎的なDNAの話から、苦労したサンプリングの話、そして島のアカネズミの遺伝的分化のパターンが海底に眠る古代河川の流路と一致したという研究成果を紹介します。地域の研究は世界に広がりを見せて初めて地域貢献となります。このきわめて珍しい多島海を使って、もっと面白い研究を展開できるはずです。

第1章 美しい島
1.1 多島海/1.2 素朴な疑問/1.3 記録媒体/1.4 遺伝的変異/1.5 島のネズミと地史/1.6 第1章のまとめ

佐藤撮影

日本の哺乳類の起源

第2章と第3章では、第1章よりももう少し大きな時間スケールで哺乳類の進化について書きました。まず、第2章では、何故進化が起こるのか?どのような仕組みで起こるのかを説明した後、日本の哺乳類の分布がどのように作られてきたのかを紹介しました。進化は有限の世界で生じるのだと論じています。日本は有限の世界を提供する島国です。ニホンテンは何故、本州、四国、九州、対馬にのみに自然分布し、大陸のテン類から遺伝的にそして種の上でも分化したのか?何故、北海道にはクロテンが、本州以南にはニホンテンが生息しているのか?日本の哺乳類の起源を俯瞰することで、海峡、競争、環境、共存が哺乳類の分布にとって重要な要素であることがわかりました。身の回りの生物多様性がどのように形成されたのかを考えていただきたい章です。

第2章 日本列島と進化
2.1 進化の仕組み/2.2 有限がもたらす進化/2.3 日本列島の特殊性/2.4 どこからきたのか?/2.5 なぜそこにいないのか?/2.6 第2章のまとめ

数千万年スケールの進化:分子系統学

第3章では、私が4年生の頃から研究を続けてきた食肉目哺乳類の分子系統学に関する研究成果を紹介するとともに、DNAを使って進化のパターンを推定する「分子系統学」の考え方を解説しました。食肉目というグループの中には、イヌ、クマ、アザラシ、アシカ、セイウチ、スカンク、レッサーパンダ、アライグマ、イタチが含まれるイヌ系のグループ(イヌ亜目)と、ネコ、ジャコウネコ、キノボリジャコウネコ、マングース、マダガスカルマングース、ハイエナ、リンサンが含まれるネコ系のグループ(ネコ亜目)があります。私はイヌ亜目の進化の研究を長らく続けてきました。研究室の片隅に置かれたPCを使って、学生と一緒に、世界初の知見であるレッサーパンダの系統学的位置づけの決定をしたことは良い思い出で、その時に感じたことについて紹介しています。ぜひ、研究者の喜びを感じ取ってほしいです。

第3章 進化の痕跡
3.1 大進化/3.2 パンダではあるがパンダではない/
3.3 分類論争/3.4 収斂進化・平行進化/3.5 地球環境と進化/3.6 第3章のまとめ

広島市安佐動物公園 撮影

発見

研究をしていて、はっとする発見はそれほど多く体験するものではありません。第4章では、アザラシやアシカの味覚受容体遺伝子が死んでいる(劇的な突然変異が生じ退化している)ことを発見した時のこと、そして、その突然変異の分布を分析することで、アザラシとアシカが独立に海に進化していったことを発見した時のことを紹介しました。味を感じる意義についても合わせて解説しています。人にとっての味と野生動物にとっての味には異なる意義があるようです。遺伝子の進化や退化の理解は、生物の本質を理解する上でとっても重要であることを感じ取ってほしいです。

第4章 退化の痕跡
4.1 退化と遺伝子の死/4.2 味覚の意義/4.3 味覚の退化/4.4 発見/4.5 味覚喪失の意味/4.6 第4章のまとめ

宮島水族館協力

DNAシークエンサーの発展

2003年にヒトゲノム計画が完了し、2004年にその報告がありました。その時に使われたDNAシークエンサーは、福山大学にもあるキャピラリー式のタイプでした。この機器を1台だけ使うと、ヒトゲノムを解読するのに100年以上かかります。しかし、2005年から2007年に開発された第2世代DNAシークエンサーにより、獲得することのできるデータ量が莫大に増え、1日でヒトゲノムを解読できるくらいにまで時代は激変しました。DNAシークエンサーの原理は、生物科学科の講義で説明しており、そして学生には実習で体験してもらっています(生物多様性実習)。第2世代DNAシークエンサーであるMiSeqは、卒業研究で使います。その講義・実習・卒業研究での指導内容が第5章になりました。生物科学科の学生の皆さん、復習の時間です!

第5章 テクノロジーと進化
5.1 DNAの増幅/5.2 DNAの解読/5.3 シークエンス技術の革新/5.4 第2世代DNAシークエンサーを使った進化生物学/5.5 テクノロジーとの付き合い方/5.6 第5章のまとめ

なぜ進化生物学を学ぶのか?

なぜですか?なぜ私たちの生活に関係のなさそうに見える進化生物学を学ばなければならないのですか?最終章である第6章では、進化生物学の理解は、生物の本質を理解する上で重要であること、生物多様性の損失が著しい現代社会において、生物多様性を生み出す仕組みを理解することは必須であることなど、進化生物学を学ぶ意義を私なりに書きました。何よりも「面白い!」と感じる学問であるという点が最も重要なポイントです。そして研究を楽しんでいる学生を見るのはうれしいものです。ぜひ、進化生物学なんて関係ないと思っている学生さんにも読んで、そして進化生物学の意義を考えていただきたいです。2023年度の研究室の学生(下の写真)と、研究を始める前の2年生に原稿を読んでもらい、貴重な意見をもらいました。感謝!

第6章 なぜ進化生物学を学ぶのか
6.1 進化の面白さ/6.2 生物の本質/6.3 役に立つのか/6.4 危機にある社会/6.5 進化生物学と歩む/6.6 第6章のまとめ

研究室3年生(当時)撮影

哺乳類の進化・生態を学ぶなら福山大学生物科学科

今年、着任した石塚講師はボノボやサル、イノシシなど、私が研究対象としていない哺乳類の進化や生態を研究しています。実は、福山大学生物科学科は、国公立大学、私立大学含めて考えても、哺乳類の進化と生態をフィールド調査からDNA実験まで幅広く学べるアクティブでレアな学科と言えます。自然共生社会の構築という現代社会の目標、生態系における哺乳類の大きな役割、獣害や人獣共通感染症といった社会問題等、哺乳類を深く学び理解することが求められています。興味を持った高校生の皆さんは、哺乳類の進化と生態をテーマとする8月18日(日)のオープンキャンパスにぜひ参加してみてください。

 

学長から一言:長年にわたる調査研究の成果を踏まえた進化生物学の本格的な教材が完成です。瀬戸内の島々はもとより、各地の野山を駆け巡って研究材料を集める一方、最新の機器を用いてDNA解析と、大変な努力の跡がぎっしり詰まった、佐藤淳教授の手になる高著の出版を心から慶びたいと思います。