【☆学長短信☆】No.39「学生参画型の大学」

 大学教育の最大の受益者は何と言っても学生です。その学生が自らの大学の在り方に対して発言権や決定権を持つことの重要性がますます認識されるようになっています。大学教育の受益者という点で、より広く捉えれば、教育の成果である卒業生を採用する企業・事業体、学生の親族、大学を自校卒業生の送り出し先と見做しうる高校関係者、いわゆるステークホルダーとして括れる人々の存在も見逃せません。これら学生以外の利害関係者については、本学の場合、さまざまな機会を通じて外部からの評価や改善意見を受け止めて来ました。教育懇談会の機会を通して示される保証人の意見、理事・評議員や後援会・同窓会メンバーなど学外の方々の提案、さらに近隣高校関係者との懇談会での意見交換です。また、学外委員も加わった数年おきの学部の点検評価や全学の外部評価は、より公式で、本学の教育改善に直結するものです。もちろん独善は許されませんし、他人様の意見は謹聴すべきです。しかし、われわれ教職員が真にプロフェッショナルを自認するならば、大学教育のあるべき姿は当然ながら自ら考えるべき事柄であり、いわんや授業料をとって教えている学生から教育の在り方について提言されるのは恥ずべきことという考えもあり得るでしょう。
 いったい何時の頃から学生の参加が注目されるようになったのでしょう。先の大戦の戦後の混乱の中で、学生の学ぶ権利の保証という観点から学生自治団体が続々と設立され、ちょうど労使交渉のように学生代表が大学当局と折衝し、要求実現に向けて動くことが見られました。1960年代以降になると、学生自治活動が政治運動と結びつき、必ずしも学内運営に限らない広範な社会の諸問題に矛先を向けた学生運動に発展し、一部が余りに先鋭的、過激な行動に走って大学当局と対立するようになると、学生が大学運営に関与するという点では逆効果をもたらすことになりました。
 この状況が質的転換を迎える一つのきっかけとなったのは、2000年6月に文科省から出された「大学における学生生活の充実方策について(報告)」という文書だろうと思います。標題に関して設けられた調査研究会の座長で、フィールズ賞受賞者として有名な数学者の広中平祐山口大学長(当時)に因んで「広中レポート」と呼ばれます。本来は大学における正課以外の教育の在り方を扱った同報告書ですが、副題の「学生の立場に立った大学づくりをめざして」に見られるように、大学での「主役は教授・研究を行う教員であり、学習する側である学生は常に脇役であり続け」て来た状況に関して、主客の転換を迫ったものとして画期的と言えるでしょう。往々にして研究能力は評価されても、正課外の教育活動や学生の相談への対応能力等はほとんど評価されて来なかった大学教員の問題が指摘されています。その状態を改善するために、ファカルティ・ディベロプメント(FD)やTAの活用、学生相談の充実、カウンセラーほか専門スタッフ・部門配置の必要性、就職指導やキャリアガイダンス、インターンシップ、さらに学生からの要望を受け止めるアンケート調査や学生による授業評価等、今日ではごく普通に実行されている事柄が盛り込まれました。
 わが国で学生中心の大学への指向が現れる中、岡山大学では2001年に「学生・教員FD検討会」(その後、「学生・教職員教育改善委員会」と改称)が発足し、学生参画型の取り組みが始まりました。同委員会には各学部代表の学生委員と教員委員に職員が加わり、対話の中から学生目線の方策が考えられ、その一環で学長とのランチ懇談会も催されたとか。
 より斬新な事例は、2021年4月に東北大学で設けられた学生評議員制度でしょう。「学生との直接的な対話を通して相互理解を促進」「学生の意見等を把握して大学運営に反映」を謳い、総長が委嘱する任期1年の学生評議員による懇談会を「年1回以上」開催すると定められています。2022年に開かれた第一回では、学生評議員から「分野を越えた授業の履修」「学生評議員制度の拡充」「研究室や学年を越えた交流」「学生支援(就職活動、奨学金等)」「学内情報の発信・広報活動の強化」「キャンパス無線LANの相互利用eduroamの整備」等の意見が出されました。2023年開催の第二回懇談会でも「学生活動の支援体制」、「学生からの意見聴取」、「修士学生への経済支援」、「東北大学の世界的な知名度の向上」、「大学から企業への投資」、「地元東北に根差した大学運営」等の意見が出されています。
 こうした実践は、従来、概ね低調であった大学運営への学生参画に新風を吹き込んだと言えるでしょう。他方、学生参画の長い歴史を持つ欧州に目を向けると、高等教育の質保証に係る大学評価においても、大学、国、欧州レベルでそれぞれ学生団体があり、そこから選出された学生が教育の内容、成績評価方法等について彼らの視点で評価し、学生参画を保障する仕組みが出来上がっているようです。評価に参加する学生には専門的な研修機会を設け、学生に報酬も支払われるとのこと(『教育学術新聞』2023年7月26日掲載の堀井祐介教授の論考)。但し、学生評議会や学生副学長職まで置かれた個別大学のケースとは裏腹に、欧州高等教育研究に造詣が深い専門家によれば、順風満帆とばかりは言えないようです(大場淳「欧州における学生の大学運営参加」『大学行政管理学会誌』第9号、2005年)。
 翻って、本学では学生による授業評価を実施するばかりでなく、その結果に対する教員からのフィードバックを求めます。学生視点で主に共通教育の在り方の改善策を学生が話し合う「フクトーーク」という催しをもう10年も行い、その成果から新たな授業科目が生まれたことも一再ならずあります。年に1度、学生と学長が種々の問題について自由に意見交換する場も設けています。このように学生の意見を採り入れることにかなり積極的に取り組んできました。加えて、大学の運営、具体的には学内の各種委員会へ学生が正式に参加する方法を模索してきました。教務委員会や学生委員会など教育の中枢に関わる委員会への学生参画が諸外国の例を見れば理想的とも思えますが、成績評価や学生の懲戒など、センシティブな課題も扱うこれらの委員会への学生参画は現実的ではありません。学生評議員のような仕組みも大仰すぎて、得られる効果は本学の現行の仕組みでも足るように思います。そこで、学生の視点が是非とも必要で、運営への参画が確実に効果を生むと思われる広報委員会、ならびに松永駅前の活性化を目指すプロジェクトMの運営委員会に正式の委員として学生を加えることにしました。必要な規程の改定も実施済みです。身の丈に合った実践でよいでしょう。大々的に吹聴する必要もありません。本学の運営において着実に成果が上がる方法を考えた結果であり、これから如何なる展開が待っているか、大いに楽しみです。

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