【☆学長短信☆】No.48 「学長室ブログ譚」

 学長就任直後の全学教授会で自分自身の仕事の流儀として「徹底した現場主義を貫きます」と宣言しました。「教員の皆さんにはご迷惑かも知れませんが、不意に研究室のドアをノックすることがあるかも知れません、いろいろと話を聞いたり、知恵を借りたりするためです、もし絶対に困るという方は必ず控えますので後で私に教えて下さい」と言いました。実際に迷惑を顧みず、厚かましく訪問させていただいたことも一再ならずあります。しかし、そうそうお邪魔するわけにも行きません。それに代わるものと言うのも変ですが、ホームページ上に掲載の学長室ブログというのは実に便利です。今年度からFUKUDAI Magなるオシャレな名前に変わっていますが、学内で起こっていることに関する情報が、あまり時を置かずに届けられます。学長室に居ながらにして、学内の動きが手に取るように分かるのです。
 
 その掲載の仕組みを敢えて書いておくと、予め各学科やセンターのブログ委員に指名された皆さんが身のまわりで起こったことを注意深く観察した上、状況説明に欠かせない写真を何枚か配した原稿に仕上げて企画・文書課に送り、そこから私のところへ回ってきます。私はそれに目を通し、必要ならば少々文章に手を入れて、最後に「学長から一言」を添えてホームページにアップするという手順です。
 
 いつだったか決裁文書への押印を求めて来室した職員のKさんから「私はブログへの学長からの一言が好きで、いつも読んでいます」と言われたことがあります。お世辞半分と分かっていても、褒められたと思うとまんざら悪い気はしません。その直後の数件のブログでは、ついつい普段以上に「リキ」が入ってしまうことになりました。また、過日は日頃ほとんどメールの遣り取りのない知人のMさんから思いがけなくメールをもらいました。留学生教育にも関わりのある中央省庁勤めのその方は、ネットニュースで流れてきた本学の留学生に関する学長室ブログをたまたま目にして「一言」を読み、かつて一緒に仕事をしたことを懐かしんでメールして下さったとのこと。日本語を解する人なら、今や地球の裏側からでもブログや短信が読めるインターネット時代であると頭で分かっていても、改めてその凄さを感じさせられる出来事でした。
 
 勢いが付いたついでにもう一つ、「学長から一言」に関して直接聞いた評価に触れます。新米学長が如何にして学長の仕事を覚えて行くかを実証的に明らかにすることを課題にして定性的研究に取り組んでいらっしゃる著名な高等教育研究者のグループがあります。輝かしい成長の過程を解明するには、私など最も相応しくない対象に思われますが、あろうことか、その分析対象の一人に選んで下さり、何度かズームを通じてのかなり長時間のインタビューを受けて来ました。その科研メンバーのお一人は学長室ブログに注目され、「学長から一言」の字数(行数)を丹念に数え、平均をとられたそうです。その結果、私の「一言」は前任学長の時代に比べかなり行数が多いという事実を指摘されました。要らぬ事まで書き過ぎの傾向があるのでしょう。そこまで見るか、研究者というのは本当にすごいと感心したものでしたが、「あれはブログ記事の執筆者や登場する学生諸君との往還と考えていて、一言を書き始めると、ついつい長くなるんです」とインタビューでお応えしたことを思い出します。
 
 私は本学で行われている諸活動について学内外に向けて広報する上で、学長室ブログないしMagほど優れたツールはないと確信しています。他大学のホームページにも同様の欄が設けられているのを見かけます。しょっちゅうではありませんが、他大学の同様の情報発信も暇に任せて時折閲覧することもあります。しかし、本学ほど充実した内容を発信しているところを寡聞にして知りません。年間の延べ掲載数を見ると、2021年度は280篇、2022年度は326篇、2023年度は330篇のように、毎年ほぼ「日替わり」状態と言えるほど多くの投稿が各学部・学科・センター、それから事務系各部署から揚がってきます。今年度も同ペースで公開しています。学内の動きをこれほど具体的に知ることができる場はないと思います。本学が誇るべき学内外とのコミュニケーションツールです。今後いっそう大事にして行きたいと思っています。
 
 ですから、オープンキャンパスその他の機会に、本学のことを知りたいと集まって下さった方々を前にして、いまやスマホからでも簡単に見られる本学のホームページにアクセスしていただき、ブログやインスタグラムなどを閲覧して下さることを必ずお勧めしています。広報のツールとしては、テレビコマーシャルも有効な手段でしょう。放映時間の長さや放送する時間帯にもよるでしょうが、きわめて高額なCMが信じられないほどの頻度でテレビから流れる他大学のケースを横目で見ながら思っています。本学は、じっくりと時間をかけてあるがままの姿を見てもらえば良いと、一人つぶやくのです。
 
 こう考えて来ると、ブログの「一言」こそショートメッセージ、短信に他なりません。ならば、「学長短信」などと仰々しく別に設けて、「一言」の駄文の上に更に「短信」の駄文を重ねる必要が感じられなくなったのです。私自身の教育観や大学教育一般に関する考え方ということであれば、世には私など足元にも及ばないような優れた教育論が溢れています。ちょうど学長としての1期4年を終えようとしている今、「短信事始め」から48話を綴って来たのを区切りとして「短信」の筆は擱くのがよかろうと考え、それを実行することにいたします。

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