【☆学長短信☆】No.46「大学における創造的休暇の必要」
2025年が明けました。新年を迎え、これから卒論、修論などの提出や最終審査を控えている学生諸君も多いと思います。論文審査は大いに緊張する場です。自分自身が経験した頃のことを思い出します。審査会に出席する教員にとっても、学生に対して行う指導が適切かどうか自省したり、同僚からの眼差しを意識したりすることになる機会でもあります。教員が行う質問やアドバイスや講評を通じて示す当該分野に関する自らの学問的蓄積であったり、教養であったりするものが如実に表れます。教員と学生、関係者がお互いに切磋琢磨しつつ、少しずつより良い作品に仕上げていく、まさに大学教育の醍醐味の場面が展開するとも言えるでしょう。
大学によっては卒論を廃止し、いくつかの科目を追加的に履修し単位を取得することで従来の卒論に代替する方式を採るところがあります。しかし、私見では、そうした方法は大学教育の一番面白いところを捨て去ってしまうことになるような気がして仕方ありません。実際のところ、大学教育を通じて得たことで後年まで忘れず本当に身に付いている事柄を思い起こしてみると、卒論執筆のための研究を筆頭に、授業内容などに関連して自ら苦労して調べて見たことが多いのです。その場合にも、独りよがりに陥りそうになった時の先生からの一言が効いていることが少なくありません。
さて、それでは、学生への影響力のある大学教員となるにはどうすれば良いかです。実際の自分のことは脇に置いてでしか言えないのですが、研究に関して言えば、日頃から倦まず弛まず自身の専門テーマを追究し続け、ひたすら目に見える成果として残していく以外にありません。大学教師は真理探究という研究者としての本来的、内在的な欲求に突き動かされるか、もしくは同僚や同業者に負けたくないという競争心や外在的な欲求(そうしたものを端から持ち合わせない人は論外として)から研究活動に取り組むものでしょう。一方、教育についてもやはり内在的、外在的な欲求から、より良い在り方を模索するのが本来の姿だと思います。さらに、身の周りの社会に目を向け、そこに存在する種々の問題に取り組み、これは多分に研究に結びつくことでしょうが、その解明に携わり社会に貢献することに自己の存在意義を見いだす人もいます。いずれにしても、そんなおそらくストイックな生活を送るとなると、日々緊張を迫られるはずです。そうした中で日常を離れ、ふっと弛緩する時間や余裕もまた必要なように思います。
こんなことを考えているうちに、興味深い歴史上の逸話を思い出しました。ペストの流行のため、1665年 から1666年にかけて2度にわたりケンブリッジ大学は閉鎖されました。この間、同大に在職していたアイザック・ニュートンは故郷に帰り、そこで流率法や万有引力や分光など彼の主要業績となる研究の着想を得たといわれます。十分な思索の自由を保証したことから「創造的休暇」(安原義仁著『イギリス大学史』132頁)と呼ばれるそうです。ちなみに、ペストはこれまで3次にわたり世界的な流行を見せたと言いますが、大学を襲ったのは1347年にヨーロッパで始まり17世紀末頃までにはほぼ終息した第2次流行であり、このときのペストの流行は疫病史上最悪のものでヨーロッパと中東の人口はわずか数年で元の3分の2にまで減少しています。コロナ禍の比ではありません。これに対して当時の大学自体としてとった対策はと言えば、衛生環境改善策に加えて、大学の閉鎖、授業停止であったようです。
大学における休暇という点では、サバティカルリーブのように、教員が一定期間にわたって本来の職場を留守にして、国内外の関係機関へ出かけ研修や留学を行うことがあります。日常を離れ、文字どおり自分のためだけに時間を使えるのです。本学でも当該制度を設けていて、頻繁にではありませんが実施しています。前回、全学教授会の場で海外研修を終えた方からその報告を聴いたのは6年前になってしまいました。日常を離れ、研究上の知見や経験を深めることを望んでいる人には、その機会をできるだけ叶えてあげたいものです。とりわけ、海外での時間的に比較的余裕のある体験はその後に大きな効果をもたらすように思います。但し、管理運営に携わる者としては、その一方で、留守中の授業や用務を代替する人をどう手当するかが大問題。教員一人が面倒を見る学生数(S/T比)から見る限り、国公立大学のように相対的に恵まれた条件の下では、一人、二人が抜けても埋め合わせは容易かもしれません。しかし、本学を含む多くの私立大学でこうした制度を滞りなく実行しようとすれば、周辺の関係者の間で相当の努力が必要になります。ちなみに、2022年における本務教員一人当たりの学生数は、国立9.4人、公立11.2人に対して、私立19.3人であり、教員一人当たりの学生数が少ない国立大学の中でもトップの医科大学は実に3人前後です。私立大学の平均値に比べれば好条件とはいえ、本学のS/T比は17.2人です。
少ない教員数できめ細かく学生の指導に当たろうとすれば、一人でも教員が抜ければ、そのシワ寄せは残った同僚に及びます。しかしながら、前途洋々として研究意欲に溢れる人にはとくに、是非ともそのチャンスを与えてあげられるように、何とか融通を利かせて学科や学部内で支援する姿勢が望まれます。他方、出かける人について言えば、あの人が望むのであれば叶えてあげようではないかと同僚が考えるような、日頃からの行動や態度であることが求められるのではないでしょうか。さらに運良く研修の機会が得られたとして、職業(職場)選択の自由や権利は憲法上も認められているとはいえ、長期の研修が終わって間もない時に「ハイ、サヨウナラ」と異動するというようなことは、大学人の仁義に悖ることになるでしょう。
新しい年の初めに、アカデミックなキャリアや力量を飛躍的にアップするための手立てとして、数日の学会参加などではない、海外での研修にチャレンジして見ることを考える人は現れないでしょうか。本学独自の助成プログラムだけでなく、国や民間の研究者派遣プログラムも少なくないはずです。是非とも夢のある構想を立て、周りの関係者とも連絡を密に取りつつ進めて見てはどうでしょう。