【☆学長短信☆】No.34「くわいの話」
明けましておめでとうございます!新年の幕開けをおせち料理でお祝いされた方も少なくないと思います。おせち料理の中によく見かける品の一つに慈姑(くわい)があります。角が突き出したように見えるのが芽で、勢いよく芽が伸びることから、「食べると芽が出る」=「目(芽)出たい」縁起物として正月料理や祝いの席で親しまれ用いられて来ました。収穫は9月頃から始まり、春先まで続きますが、年間の流通量の大半は11月下旬から年明け1月頃までに集中しており、そういう意味では、市場に出回る今の時期が旬と言えるとか。
気になって調べて見たところ、くわいの全国の生産量に関して、東の埼玉県と西の広島県で全体の90%が生産されており、埼玉では越谷市が有名で、一方の広島ではここ福山が名産地とされています。くわいは中国原産のオモダカ科の水生野菜。地下に育つ茎部分に養分を蓄え、見た目は里芋に似た球形であり、中国と日本でしか栽培されていないようです。シャキシャキとした食感の中国産が白くわいと呼ばれ、ホクホクッとした日本のものは青いので青くわいと呼ばれています。アクが強く、独特のほろ苦さがあるため、私など子どもの頃はおせち料理に出ても箸が進みませんでした。ちなみに、たまたま過日の会食の際、英語ではArrowhead(矢の先の尖った部分、矢尻)と呼ぶことを本学のネイティブの先生に教えてもらいました。
くわいの全国屈指の産地である福山市のくわい出荷組合では、特産のくわいの栽培の省力化を図る試みを昨年から実施して来ました。くわいの栽培は植え付けから収穫まで、ほとんどがこれまで手作業であり、名産品でありながら、その手間暇のために生産農家が減少を続け、この地域では昭和末期の最盛期に120戸だったものが最近では4分の1程度になってしまっていたのです。くわい生産農家の窮状を救うべく協力を買って出たのが、本学工学部機械システム工学科の加藤昌彦学科長ほか皆さんです。新たな生産の担い手を確保するには作業の省力化、効率化が必要と、機械化に向けた検討を進めて来ました。
夏の植え付け時には、農業機械メーカーも協力して、ジャガイモを移植する際に用いる手押し型の農機具の改良が進みました。機械上部の8つのカップに種芽を入れることで、一定間隔で下部の出口から地面に落ち、それを自動的に地中に埋め込む工夫がなされた結果、植え付けの所要時間は5分の1程度に短縮されたという新聞記事を目にしました(『中国新聞』2023年7月19日)。この時期に生産組合と機械システム工学科との間で正式に共同研究実施のための契約書が取り交わされ、本格的な改良研究が進むことになりました。研究課題は「くわいの植付け・収穫・選別に関する機械化の研究」。研究目的および内容は「くわい植付け・収穫・選別に関し、市販機を改良する等の方法により、共同して機械化の研究開発を行う」というものです。主として収穫時の掘り起こし用機械と人工知能(AI)を用いた選別機械を開発することが次の課題となりました。研究期間は2024年3月末までと決まっていますから、それまでに結果を出さないといけません。
加藤教授たちはくわいの特徴を調べ、3Dプリンターを利用して実証実験で掘り出す実物大のくわいの模型を作ることも行いました。このくわい模型は土壌の微生物が分解して土にかえるように考えられています。さらに、ジャガイモの収穫でトラクターが牽引する既存の作業機械を改良し、くわいの掘り起こし用機械の製作に取り組んだそうです。泥をかき分け、効率的に掘り出せる爪先の形状や角度を考え、くわいだけを残して周りの泥を洗い流す仕組みも考案。こうして出来上がった収穫機を12月に市内の水田で実証実験も行いました。まだ改善の余地はあるそうですが、関係者の地道な努力が報われ、これからのくわいの栽培は相当に効率アップを図ることが望めそうです。ちなみに、くわいに関しては、機械システム工学科の他にも、本学では生命栄養科学科が地元食材を使ったレシピ開発においてくわいを取り上げています。例えば、学生考案の「くわいの揚げ肉団子」や「くわいご飯」を小学校の給食メニューとして紹介したこともありました。このように、くわいは福山にある本学にとってつながりの深い植物と見ることができます。
さて、大学、とりわけ現在の規模くらいで、地域に根ざすことを目標に掲げる福山大学のようなところでは、如何なる研究が行われるべきでしょう。世界的に注目を浴びるような研究や、それまで当たり前だと考えられていた価値観や概念を一転させるような、いわゆる「パラダイムシフト」をもたらす研究を現実のものにすることは大学人にとって理想でしょう。研究者たる者は常にそうしたレベルの研究の完成を目指し、相応の気概をもって日々の研究活動に従事したいものです。しかし一方で、たとえ地味であっても、地域の暮らしや日常に結びついた発見や工夫も捨てがたいと思うのです。地域密着型で学外の方々に喜ばれる成果が上がるとすれば、それはそれで十分に価値ある研究でしょう。まったく斬新な特許でなくて実用新案的な発明も歓迎されるべきです。くわいの話から本学における研究の方向性に話が展開しましたが、今年は如何なる優れた研究成果の報告を聴くことができるでしょう。大いなる期待をもって迎えた新しい年の始まりです。