【☆学長短信☆】No.28「米国インディアナ大学との絆」
4月から本学で英語のティーチング・アシスタント(TA)として教育の実習を行っていた米国インディアナ大学(以下、IUと略記)学生のアシュリーさんとザッカリー君が先月半ばに無事終了して帰国しました。これと入れ替わるように、新たに一人のTAが来学しました。メードリン・ロビンズ(ニックネームはMJ)さんです。実は彼女、昨年10月半ばにすでに一度本学を訪れて実習を開始していましたが、急に体調を崩し、一週間ばかりで帰国したのでした。帰国後に種々の検診や治療を受け、以前に聞いていた医師の見立てが誤りであったことが判明したことで気力を取り戻したせいかも知れませんが、すっかり健康を回復したとのこと。元気になると、心に浮かぶのは福山でのユニークな思い出やホームステイ先の家族を含む人々の温かさ。加えて、本来完遂すべきだった訪日実習に対する不完全燃焼感が残りました。その思いを払拭するためにも、大学を卒業後にすでに配属の決まっている学校での実務訓練が始まるまでの時期に、もう一度福大へ赴いて実習したいと考えたのです。まったく見上げたものだと思います。この実習プログラムのIU側の責任者であるローラ・スタコースキー教授から再派遣の可否の照会を受け、本学において実際の授業場面での指導者である大学教育センターのローズ准教授やドリュッシー助教と相談し、昨年のホストファミリーから再度の受入れの了解を得た上で再来日が実現しました。
ここで、実習生の皆さんが派遣されるプログラムについて述べておきます。1820年創立で州内8キャンパスに約11万人の学生が在籍し、教員も9,000人近い名門州立大学であるIUは、正規の教育課程の中で、教職を目指す学生に次の3つの特別な教育実習を課しています。①海外の異文化の学校で教える。②ナバホ・インディアンのための特別保留地の学校で教える。③相対的に多くの問題を抱える大都市中心部の学校で教える、です。このうち、最初の“教師のためのグローバル・ゲートウェイ”プログラムと呼ばれる実習では、学生が教職に必須の大学での全単位を取得した上、海外実習前に米国内の学校ですでに10週間の実習を済ませた後、最後の仕上げとして各国へ派遣されます。派遣先での異文化体験を獲得し、学校で実際に教育活動に従事することを通じて、将来の教員としての力量向上を目指すのです。派遣先としては、オーストラリア、中国、コスタリカ、エクアドル、イギリス(イングランド・ウェールズ・スコットランド)、ノルウェー、アイルランド、インド、ケニア、ニュージーランド、ロシア(トムスク)、スペイン、トルコ、そして日本があります。
このプログラムと私との関わりはまったくの偶然でした。話は2009年に遡ります。米国南部のチャールストンで開かれた世界各国の比較教育学会長が結集する世界比較教育学会(WCCES)の理事会に出席したついでに、インディアナ州ブルーミントン市にあるIUにリチャード・ルビンジャー教授を訪ねました。『私塾-近代日本を拓いたプライベート・アカデミー』などの著作があり日本教育史研究の大家である教授は、1970年代半ばに私が若かりし頃、留学先で知己を得て以来、何十年も家族ぐるみの付き合いのある友人です。本学でも一度講演をして頂いたことがありますから、ご記憶の方もいらっしゃるでしょう。二人でIUの教育学部の廊下を歩いていたとき、まったく突然に声を掛けて来られたのが上記のスタコースキー教授。日本は未だ派遣国に含まれておらず、是非とも日本のコーディネーターになって受入れに協力して欲しいとのことでした。国際交流のためなら一肌脱ごうと腹を決めたものの、始めて見ると、これが大変でした。実習先として選定すべき学校については、公立学校の場合には教育委員会宛てに公式の依頼文書を提出し、審査の上で・・・云々。実習生を受け入れてもらえる中学・高校を探すのが一苦労です。それにも増してホームステイ先を確保するのはさらに大変で、とても個人がボランティア・ベースで行える事柄ではなく、安易に承諾した我が身の不明を恥じて見ても、「時すでに遅し」でした。幸い、実習先としては前職の勤務先の附属学校を職場の同僚でもある学校長の計らいで確保できました。ホストファミリーも八方手を尽くしてどうにか奇特なお宅を何軒か見つけました。受入れ当初、スタコースキー教授は実習が名ばかりのものにならないか確かめるために広島を訪問され、一緒に関係の所を回ったことを思い出します。以来、4年間で6人の実習生の受入れの世話をしたところで、私は前職の定年を迎えました。もともと個人的なつながりの中で行っていたことですし、こんな面倒なことを引き継いで下さる方は早速には見つかりません。間もなく私は本学へ奉職することになりました。
これ以上のお手伝いは無理そうですとIUに連絡しようかと思いました。しかし、出来ないことをどうにかして出来るように工夫するのが人生の醍醐味です。ふと思い付いたのは、中等教育と高等教育の違いはあっても、教えることに変わりがあるわけではなし、いっそ福大で実習をすることにすれば良いではないかという考えでした。IUに諮って許可を得る一方、本学で上申したところ、承諾を得られました。これ以降は、正式の文書を取り交わして公式の活動に位置づけることになりました。IUの理事会との間で契約文書を2014年の夏に取り交わし、本学の英語教育の無給TAとして受入れることになったのです。公式の交流ルートに乗せたことで、大学教育センターや国際交流課の協力も仰げるようになりました。それから2020年以来のコロナ禍によって交流が一時完全に阻まれるまでに10名の実習生を受け入れました。この中には、教職に就いた後に、「経験ある教師」の枠で再来日したジョー・ペキュリス君や、IU卒業後に大学院での課程を了え、本学の専任教員として勤務することになった上記のドリュッシー助教も含まれます。
こうした長い経緯を辿って続いているプログラムなのです。その意味で、コロナ禍を乗り越えて2022年に再開後の実習の第1号であったMJさんが、実習を中途半端に終わらせないために困難を克服して戻って来てくれたことは喜び以外の何ものでもありません。11月には別の実習生の来学予定もあります。そのホストファミリーには、本学で学ぶ学生がお孫さんのご家庭がすでに手を挙げてくださいました。本学での実習を終えて米国で教壇に立っている元実習生の皆さんの洋々たる前途と、このプログラムの更なる発展を祈るものです。それと同時に、我こそはと思われる本学の教職員あるいは学生の保証人のご家庭がホームステイ先に登録して下さればと願っています。