【生物工学科(生物科学科への名称変更 認可申請中)】生物の進化は面白い
生物工学科は2024年4月より生物科学科に名称変更します(文部科学省に認可申請中)。生物科学とはいったい何なのでしょうか?わたしたちは、それを理論と観察に基づいて生物の仕組みを解き明かすことと理解しています。でもまぁ、難しいことはさておき、ここでは生き物の面白さを学ぶことと理解しましょう。学長室ブログメンバーの生物工学科 佐藤が投稿します。
生物工学科は、これまでバイオテクノロジーの観点から生物科学に関する教育をおこなってきました。その間、バイオテクノロジー(生物工学)の発展のおかげで、PCRやDNAシークエンス等のDNA分析技術が格段に進歩しました。PCRが何故、成功したのか?それは、温泉に住むバクテリアが持つDNA合成酵素を応用することを研究者が思いついたからです。産業や社会に有用な微生物を分析することはバイオテクノロジーの得意とするところです。こうした進歩のおかげで実験室でのみ展開できる生物科学分野のみならず、集団、種、群集、生態系、進化といった野外に出て生物多様性を学ぶ研究分野が飛躍的に成長してきたと言えます。つまり、バイオテクノロジーが生物科学の幅を広げてきたのです。
今日は、生物多様性の研究の中から、昨年末に公表された論文について紹介したいと思います(Wolsan and Sato, 2022)。食べるものが特殊化すると、味覚の遺伝子が退化するという理論を検証するために、いろいろな動物の味覚の遺伝子の比較観察を行いました。理論と観察に基づいて動物の味覚遺伝子の進化の仕組みを解き明かすことを目指したわけです。つまり動物の味覚の不思議を明らかにすることを目指しました。
味を感じる意義
皆さんは旨いとか甘いとか、味覚で楽しんでいることが多いと思いますが、野生の動物にとっては生きるか死ぬかの大問題です。旨ければ、そこにはアミノ酸が存在し、甘ければ、そこには糖分が存在します。ともに自分を維持するための栄養分となります。苦ければ、毒物があるかもしれず、酸っぱければ、腐っているかもしれません。つまり動物は、味覚を通して、口より先に食物を入れてもよいかどうかを選別しているのです。そうした味物質は、舌の上の味蕾(みらい)を構成する細胞の膜に存在するタンパク質が検出します。そのタンパク質は遺伝子の情報に基づいてつくられます。そうした遺伝子を様々な動物で調べていくと、たまに“死んでしまった遺伝子”に出会うことがあります。つまり、味を感じていない可能性があるのです。
味覚遺伝子が死んでいる!
遺伝子が死ぬとはどういうことでしょう。長くなりますので、ここでは遺伝子上に特別な突然変異が見られるとだけ説明しておきましょう(こちらの本で説明しています)。わたしたちの過去の研究では、アザラシ、アシカ、セイウチの旨味や甘味の遺伝子が死んでいることがわかりました(Sato and Wolsan 2012、Wolsan and Sato 2020)。アザラシやアシカ・セイウチの祖先は海に進出することで、食物を咀嚼せずに飲み込むようになりました。そうした進化の過程において、舌で味を感じる必要がなくなったのでしょう。味を感じる必要がなければ、味を感じるための遺伝子があっても仕方がありませんよね。だから死んでしまったんです。ちなみにアザラシ、アシカ、セイウチは歯も退化傾向にあります。
食べるものが特殊化すると味覚の遺伝子は死ぬ?
それでは、動物の中には食べるものが特殊化している種がいますが、そうした動物ではある種の味覚の遺伝子は必要なくなるのでしょうか?これまでに、純肉食のネコの甘味の遺伝子が死んでいること、草食のジャイアントパンダやレッサーパンダの旨味の遺伝子が死んでいることが明らかにされています。食の特殊化は遺伝子の死を招きそうに見えます。わたしたちは、主にイタチ科の動物の旨味と甘味の遺伝子を調べました。すると、魚食、貝食などに食性が特殊化しているカワウソの仲間では、旨味と甘味の両方の遺伝子が死んでいること、そして、雑食性のイタチ科の動物では、遺伝子が正常であることが明らかになりました。つまり、食べ物が特殊化するとある種の味覚の遺伝子が死んでしまうこと、つまり退化してしまうこと、そして、多くの種類の食物に触れる動物の味覚遺伝子はすべて機能している(死んでいない!)ことを意味する結果でした。例外もありますが、大方、食の特殊化で味覚遺伝子の生死を説明できそうです。
ここでは数千万年のスケールの進化の出来事について議論しています。そんな気の遠くなるような出来事であっても、傾向を読み取ることができるということは進化生物学の醍醐味だなぁと感じます。面白いですよ~。
国際会議で発表してきます
以上のような知見は世界の研究者が興味を持っています。自分だけで楽しむのはもったいない。科学というのは常に自分の外に向かって発するべきものです。このブログで説明した動物の味覚遺伝子の進化について、そしてDNAを使って食べ物を明らかにしたという結果について、アメリカ合衆国アラスカ州アンカレジで開催される第13回国際哺乳類学会議のシンポジウム「The Small Carnivore Symposium」で発表・討論してきます。こうした世界の研究者と議論できることも、科学研究に従事する中で、とっても面白いところです。
福山大学は、学科内の充実した機器設備を使って、生態学や進化生物学などの生物多様性の知識と技術を学べる場所です。興味のある皆さんは、生物科学科(文部科学省に認可申請中:現 生物工学科)で学んでみませんか?
学長から一言:生物科学の研究に取り組む研究者を夢中にさせる題材が世の中には溢れているようです。食べ物の酸いや甘いを感じる味覚のメカニズムもその一つ。遺伝子レベルで丹念に違いや変化を追跡する中で、生物の進化の過程が読み取れるなんて、実に愉快。説明を読んだだけでは随分難しそうですが、自分の手で新しい発見ができるのは、たまらない魅力ですね。