【税務会計学科】『簿記教育エコシステム』の構築
昨年度末、簿記検定対策講座の合格者増についてお知らせしました。今回は、対策講座を通じてどのような取り組みを行ってきたか、また今後の対策講座で取り組むべき課題について紹介したいと思います。少々長くなりますが、お付き合いを願えれば幸いです。(投稿:税務会計学科・関下)
○はじめに
実際に指導を行う教員としては、対策講座を“単なる資格取得のための一講座”として位置付けるのではなく「学生教育」というより広い視点からの活用を目指していくために様々な取り組みを行う必要があると考えています。今回は、これまで対策講座で行ってきた取り組みについて紹介します。その中で最も重要なキーワードは『学生が“自らが勝ち取った”成功体験』です。
○簿記指導における「コーチング」の重要性
一つは「コーチング」の重要性です。ここでいう「コーチング」とは、模範解答や一つのやり方・考え方を押し付けるのではなく、複数の視点をもたらし学生自らの中にあるリソースに気づかせ、自発的な行動を引き出すものということを表しています。
教員は、学生に対して単に解法を教えたり知識を詰め込むのではなく、むしろ学生が主体的に学習できるようになるための道筋を示したり環境づくりを行うことこそが必要になります。学生へ一方的に「答え」を与えるティーチングよりも、学生自身に考えさせ「答え」に誘導していくコーチングが必要になってくるのです。
対策講座では、この「学生”自らが勝ち取った”成功体験」の積み重ねこそが学習の原動力であると考え、大学卒業後の社会に出てからも、学生が自ら考え、学び続けていくために最も重要な要素であると考えられるのです。
○具体的取り組み
おおむね、昨年度の対策講座は、本試験日の2か月前から始まりました。スケジュールとしては、以下のように対策講座を講座期間と個別学習期間とに大別して運営しました。
その理由は2点あります。一つは、基本知識の習得を目的とする対策講座が間延びしてしまうと、学生のモチベーションの維持が難しいと判断したからです。もう一つは、これまでの簿記検定では演習不足によってあと数点で合格を逃している学生もいたため、本試験日まで十分な演習時間を確保する必要があると判断したからです。
対策講座には、経済学部のみならず薬学部や生命工学部など他学部からの参加者もおり、簿記初学者の学生も多くみられました。そうした初学者の学生は簿記の知識が全くない状態であるため、これまでの対策講座であれば、全ての論点に関する基礎知識をレクチャーしたうえで、試験間近から問題演習を行っていくという方法をとっていました。
しかし、今年度の対策講座では簿記における基本的な考え方や基本的な処理方法のみをレクチャーしたうえで、残りの大半の時間をコーチングによる問題演習に割くという方法を採用しました。対策講座において、このような教育方法を採用したことにより、学生に対して成功体験を植え付けるのにある程度成功したと考えられます。
なぜ、ある程度成功したと考えられるかという大きな理由は、学生の質問の質が変わったという点にあります。
対策講座では、基本的な考え方や知識を提供したうえで、問題演習を通じて学生が質問をしてきた際に、簿記の基本的な考え方をヒントとして再び与え、それからどのような会計処理が導かれるか、ということを教員側から逆質問をし、最終的には学生に説明させるという方法を採用しました。こうした方法をとることにより、学生の理解の範囲を広げかつ深めることにつながったと考えています。先にも触れたように、その最たる例として、学生側の質問が与えられた基本的な考え方から導かれる他の論点や問題にも派生しました。
このような学生側から発信される質問の質の向上は「ひとつの論点⇔ひとつの問題」といった単なる一対一対応の理解だけではなく、簿記に対する体系的な理解を促すことに成功したことを意味していると考えられます。
こうしたコーチングベースの指導体制を取る場合、必然的に一人の学生に対してかける時間を多く割かなくてはなりません。なぜならば、この指導においては「基礎的な考え方の伝達→質問の確認→学生による再説明→その他の質問事項への対処」というプロセスを辿るために、時間を割かなければその効果が減少してしまうことが課題です。
もう一つの理由は、約1カ月間にわたり、学生自身で過去問や予想問題を解いてもらう個別学習期間を設けました。そこでは、学生各々の理解度に応じた柔軟な指導を行い、大量の問題演習を重ねてもらうことが目的でした。このような個別学習期間を長く設けることによって、学生は本試験で戦うために十分な量の問題演習を行うことができたと考えられます。
このようなフォローアップ体制を取ることにより、長期間の個別学習期間において、学生がモチベーションを失わずに勉強をつづけることができたと考えられます。学生は、自らのマネジメントの下で「成功体験」を感じることができ、学習への意欲を増進することができたと考えられます。
○マンパワーの不足とその対応策
コーチングベースでの指導及びフォローアップ体制の構築という対策講座において行った手厚い指導は、対策講座に参加したすべての学生に提供できたわけではありません。やはり、学生自らが教員を捕まえて質問に来たり、試験対策用プリントを提出してくれたりなど積極的かつ自主的に対策講座にコミットしてくれた学生に対してのみに限定されたものでありました。さらに、上位の資格である日商簿記検定2級の受験者に対する指導は、日商簿記検定3級の受験者に対する指導に比して、手薄になっていました。
そもそも、指導者側の「リソース不足による個々の学生に対する指導の質が分散する」という問題点が対策講座には内在していると考えています。こうした問題点は、日商簿記検定を受験しようとする学生が増えれば増えるほど、またより上位の簿記・会計系の資格を学生が取得しようとすればするほど、如実に表れてくる可能性を有しています。
一つの可能性として、対策講座を経て成長した学生が、さらに下級生を指導する体制が組めないか?ということを検討しました。今年度は、そのような長期的な視点から、対策講座を「学生教育」という側面から利活用していこうとしています。そこで、対策講座では学生による「教育体験」という試みを行いました。この試みを具体的に表現すると、教員とともに日商簿記検定合格者である学生が受験者の学生を指導する体制を構築したいということです。
対策講座に自主的に協力してくれた学生は、昨年度卒業した経済学部の作田怜央くんです(下の写真)。作田くんは藤本倫史講師のゼミに所属していた学生で、日商簿記検定2級に早くから合格し教育体験の「場」として、この度の対策講座を活用してくれました。対策講座を担う教員陣は、対策講座を更に実りのあるものにするための構想をしており、彼はそのモデルケースとなる学生であると考えています。
○学生・教員のコラボレーションによる合格者再生産システムへ
本年度において、対策講座で行ってきた取り組みを紹介してきました。そこでは、「“自らが勝ち取った”成功体験」を学生に体感してもらうことを目標として、そのための一つのシステムとして対策講座を「資格取得の場」と「教育体験の場」という二つの側面から利活用するという方法を採用していました。
しかしながら、資格取得を一つの目標としている対策講座において、どうしてもつきまとう問題点として挙げられたのはマンパワー不足、言い換えれば教員側の「リソース不足によって個々の学生への指導の質が分散する」が存在するということでした。
先にも触れたように、今回の対策講座において、上位の資格である日商簿記検定2級の受験者に対する指導は日商簿記検定3級の受験者に対する指導に比して、手薄くなってしまっていました。この点は今後、福山大学において日商簿記検定を受験しようとする学生が増えれば増えるほど表面化してくるであろうことが予想されます。
こうした問題を解決するための方策としては、「教育体験の場」として対策講座を利活用し、「学生+教員による日商簿記検定合格者の再生産システム」を構築するということが挙げられます。すなわち、先に触れた作田くんのケースのように、日商簿記検定の合格者である学部生や税理士試験の受験を目指している大学院生に、対策講座を積極的に利用してもらおうというものです。
構想する「学生+教員による日商簿記検定合格者の再生産システム」とは、これまで指導者が教員のみであった対策講座の体制に、指導及び受験生にサポート役として税理士受験を目指す大学院生や日商簿記検定合格者を加え、教員側は指導と対策講座の管理を行うというものです。(ティーチングアシスタントやスチューデントアシスタントの利活用が理想的)
このような指導体制を取ることにより、対策講座にどうしてもつきまとう問題点として挙げられた教員側の「リソース不足によって個々の学生への指導の質が分散する」という問題点はかなり解決されることとなります。
また、学生側も対策講座を「資格取得の場」と「教育体験の場」という二つの側面から利活用することになるため、様々な「成功体験」が得られることになります。特に、作田くんのインタビューからも明らかなように「教育体験の場」として対策講座を活用する学生は「筋道を立てて説明して行く力」や「一種のコミュニケーション能力」を得ることができるため、その後の自身の学習に役立つ能力を獲得できると考えられます。
教育体験をすることで、自らの資質を伸ばし、客観性や判断力を養成することは就職活動にとっても有利になることは間違いありません。企業はたとえば以下のような能力を求めています。
(出典:https://www.dekirunin.com/media/ability-story/7824を参照)
○おわりに
ここまで対策講座を題材に、体制構築と学生育成について述べてきました。
今後は、対策講座を“単なる資格取得のための一講座”としてだけではなく「学生教育」という、より広い視点からの利活用を目指していきたいということを述べました。そのなかで、学生が対策講座を「資格取得の場」と「教育体験の場」という二つの側面から利活用することになることで、様々な「成功体験」が得られることになり、加えて将来的な就職活動において求められる能力の獲得にも役立つ可能性を有していると考えました。
10月には簿記検定対策講座を開講する予定です。簿記の素養を伸ばしつつ、同時に学生資質の向上に資することができればと考えています。
学長から一言:ちょっと長いブログでしたが。。。最後まで読むと資格取得を材料とした学生教育の意気込みが伝わってきますねッ!!!一石二鳥に期待していま~す!