【☆学長短信☆】No.40「アファーマティブ・アクションを考える」

1年前の今頃、正確には2023年6月29日にアメリカの連邦最高裁で一つの判決が下されました。大学で長年実行されてきた「アファーマティブ・アクション」(以下、AAと略記)、積極的格差是正措置と一般に訳される慣行が憲法違反との判断が示されたのです。合衆国憲法修正第14条には、「各州の法律は黒人に対しても白人に対しても平等でなければならず、有色人種であろうと白人であろうと全ての人が法律上平等でなければならない」と規定されているにもかかわらず、大学の現実はこれに反しているという解釈です。
そもそもAAなる措置がアメリカで採り入れられたのは1960年代に遡ります。時のジョン・F・ケネディ大統領が連邦政府との契約業務請負業者の選定では、その「応募者が人種、肌の色、宗教、性別、国籍に関係なく平等に扱われるように」との大統領令を1961年に公布しました。未だ人種差別の著しかった当時のアメリカにおいて平等を志向する画期的な考え方でした。その後、種々の差別解消を目指す公民権法が成立すると、連邦政府との契約云々に限らず、人種・民族的マイノリティや女性に対する雇用差別の禁止など、格差是正の適用範囲が拡大して行きました。この考え方は大学入学者の選抜にも及び、それまで不利を被っていた人々の積極的、優先的受入れ措置が講じられるようになりました。
しかし、大学入試においてマイノリティ学生の入学枠を別に設ける定員割当制(クォータ制)、マイノリティ学生の合格点の引き下げや予め多くの持ち点を与える等の優遇策によって誰かを優先的、積極的に入学させようとすれば、その影響で不利を被る人が一方で現れることが起こり得ます。そんな例として、1972年にはカリフォルニア州立大学デイヴィス校の医学部に2年連続で不合格になった白人学生が、同学部の入学定員100人のうち16人分が多様化推進策の一環でマイノリティ枠とされているのは逆差別であると裁判で大学を訴えました。最終的に連邦最高裁が1978年にAA自体は合憲としながらも、人種別の定員割当は無効と判断したケース(「カリフォルニア大学理事会対バッキー裁判」)をはじめ、積極的格差是正措置の逆差別性が問題にされました。同様の訴訟はその後テキサス大学やミシガン大学などでも起こっています。その結果、1990年代以降になると、例えばカリフォルニア州やワシントン州では「公的教育、政府契約・公的雇用での人種、性別、肌の色、民族、国籍に基づく優遇措置を禁止する」とする内容の州憲法改正案を可決するなど、AAによって生じる逆差別を抑えようとする動きが現れました。
昨年の最高裁判決につながる裁判は、2014年に「公平な入学選考を求める学生たち(SFFA:Students for Fair Admissions)」という団体がハーバード大学を相手どって起こした裁判、そして同じ団体が同様の理由でノースカロライナ大学を訴えた裁判でした。この団体は学生メンバーの他に、保守系諸財団からの資金援助を受けている1952年生まれの新保守主義運動の活動家、エドワード・ブラム氏が中心にいます。従来の裁判では、白人学生が逆差別を受けているという訴えでしたが、この時は、「白人とアジア系米国人への差別」につながっているとして提訴したものでした。完全に平等な選抜が行われたなら、日本人、中国人などアジア系の学生の入学可能性がより高まるはずと見て、白人以外に彼らを味方につけようとする戦術が採られたとも言われます。
ただ、そもそもアメリカの大学や大学院の入学者選抜は、基本的には書類選考(一部で面接)であり、SAT(大学進学適性試験)などの共通テストの得点だけでなく、小論文や過去の経験などが評価対象となり、「マイノリティであること」は、評価時の考慮項目の一つでしかなく、選考で迷った際にできればマイノリティ出自の志願者を合格させる程度の扱いが少なくなかったとされます。ちなみに、大統領の意向や主義との絡みが何かと話題になる米国最高裁判事の人選です。2022年6月には、女性の人工中絶権を合憲とした1973年の最高裁判決が覆されました。現任判事9人中6人が共和党の大統領の指名、うち3人はトランプ前大統領による指名という事実の詮索は脇に置き、今回のAAをめぐる判決により、各大学が入学者選抜の在り方の再検討を迫られたことは確かです。ついでながら、バイデン大統領は判決後、この判断に「強く反対する」ことを表明。また、アメリカの大学では、卒業生や多額の寄付者の子女などの志願者を優先入学させる手法が、実施を明記した上で採られますが、この「レガシー入学」と呼ばれる方法も問題視しました。ミネソタ大学やコネティカット州のウエスレヤン大学は、早速その廃止を発表しています。
翻って、わが国の状況について考えると、東京医科大学で長年にわたり女子受験生の入試得点の減点など調整が行われたとの訴えに基づく裁判が起こされましたし、いくつかの大学医学部での不適切な入学者選抜の実態が明るみに出たこともありました。これもAAが絡む事柄でしょう。また、男女共同参画社会の実現に向け、女性の参画拡大施策として内閣府が進めるポジティブ・アクションが想起されます。大学教員もその改善対象の一つでした。2025年度を目標として閣議決定された第5次基本計画では、理学系で12%、工学系で9%以上の講師以上が女性であること、そして理工系の毎年度の女子学生が前年度以上の割合を占めることが目標として掲げられました。さらに、「誰にも質の高い教育を」「ジェンダー平等の実現」といったSDGsに盛り込まれた目標からも、不利を被っている人のために然るべき救済措置が採られる必要があることは言うまでもありません。
福山大学では、平成21年の「男女共同参画宣言」の制定から一歩進めて、今年度初めには「ダイバーシティ推進宣言」を打ち出し、「自身と異なる価値観や背景を持つ他者を理解し、お互いを尊重して共に学び、共に働くことができるキャンパス」の実現を目指しています。男女別の状況を見ると、2023年度の学士課程の女子学生比率は32.5%であり、職階別の女性教員比率は教授7.6%、准教授22.6%、講師22.9%、助教53.8%です。これを全国の大学における女子学生平均比率45.7%や、職階別女性教員比率である教授19.3%、准教授26.9%、講師34.6%、助教32.9%(「学校基本調査」報告)に比べると、未だ改善の余地があることが分かります。加えて、この4月1日からは改正障害者差別解消法により、障害を抱える人に対する合理的配慮の実施が義務化されました。設備面・人的条件の整備に関して、あくまで本学が為し得る最大限の努力の範囲内での事ではありますが、障害を抱える人たちへのより周到な対応が必要になっています。海の向こうのAAをめぐる動きから、身近な状況を考え直す機会にして見てはと思うのです。

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