【生物工学科】福山大学ブランドの研究成果:森のネズミの生態的役割の解明
福山大学が進める本学ブランドの研究事業「瀬戸内の里山・里海学」の成果が一つ実りました!今回は、2021年10月2日にポーランドの歴史ある哺乳類学雑誌Mammal Research オンライン版に公開された学術論文について、生物工学科の佐藤が紹介したいと思います。
論文の内容は、因島の森に生息するアカネズミのウンチの中身をDNAで分析して、アカネズミが何を食べているのかを明らかにしたものです。尚、詳しい内容はYoutubeで解説しております。是非、ご覧になってください。プレスリリースはこちらからどうぞ。この論文はオープンアクセス論文ですので、どなたでも無料でダウンロードできます。
この研究を通して、アカネズミが森や里山生態系の中で、どのような生態的な役割を持つのかを解明することを目指しました。
前述のように、福山大学では本学ブランドの研究事業として「瀬戸内の里山・里海学」を展開しています。研究に弾みがついたのは、「瀬戸内海 しまなみ沿岸生態系に眠る多面的機能の解明と産業支援・教育」という研究プロジェクトが2017年に文部科学省私立大学研究ブランディング事業に採択されたことでした。今回の研究は、このプロジェクトからサポートを受けたものです。
私たちが住んでいる福山の周辺には、多島海が広がっているのが特徴です。多くの島の中で、今回は因島の椋浦町に着目しました。その理由は、果樹畑という人の活動域とアカネズミの住む森が近接しているため、里山生態系の中でアカネズミが人の生活にどのような影響を与えるのかを調べるのに有効であると考えたからです。
アカネズミの食性分析に際して、その試料としてウンチに着目しました。アカネズミに負荷を与えずに分析できる点が利点です。しかし、アカネズミのウンチは、以下の写真のように米粒程度の大きさで非常に小さいため、顕微鏡で観察しても何が含まれているのかよくわかりません。これまでの研究で行われてきた胃内容物の分析でも、アカネズミの食性は明らかにはなっておりませんでした。
そこで、ウンチの中にある生物のDNAを検出できれば良いという発想にたどり着きました。まず、2019年3月から8月にかけて、因島椋浦町の森で、19個体のアカネズミを採集しました。その後、トラップに付着した糞を回収して、DNAの抽出を行いました。次に、糞の中の植物と無脊椎動物を検出するために、4つのDNA領域のPCR増幅を行い、その後、福山大学未来創造館に設置された次世代シークエンサーを使って、DNA情報を決定しました。DNA情報を得た後に、国際DNAデータベースに検索をかけることで、得られたDNAがどの生き物のDNAなのかを同定しました。この手法のことをDNAメタバーコーディング法と言います。
研究結果をまとめると以下のようになります。まず、アカネズミはブナ科のドングリを多く食べることが示唆されました。アカネズミは食料が不足する冬に備えて、秋にドングリをため込むことが知られています。そして、いろいろな場所にドングリを分散させて、その貯めたドングリを食べて冬を乗り越えます。しかし、貯めたドングリを全て食べるわけではなく、その一部はブナ科の樹木に成長し、次の世代の森を作ります。つまりアカネズミがドングリを食べているということで、アカネズミが森の維持に関わることを意味します。さらに、そのブナ科の植物に被害を与えるマイマイガも多く食べることが分かりました。このことも、アカネズミが森の維持に貢献していることを意味します。
一方で、少量ではありますが、かんきつを食べることもわかりました。このことは栽培農家さんにとっては良い情報ではありません。しかしながら、果樹に被害を与える蛾やカメムシも多く食べることが示唆されました。このことは、アカネズミが果樹園被害の抑制に貢献していることを意味します。
いかがでしょうか?アカネズミは害獣でしょうか?益獣でしょうか?生態系はそんなに単純なものではありませんが、アカネズミは森や里山生態系の中で、非常に大きな役割を持っているようです。
福山大学生物工学科動物学研究室では、森と里山の動物たちの食物連鎖を分析し、森林生態系の仕組みを明らかにすることを通して、森の維持に貢献したいと考えています。日本は、その国土の3分の2が森で、様々な生物が生息しておりますので、森の維持はSDGsの「陸の豊かさも守ろう」に貢献することが出来ます。また、炭素の吸収源である森を維持することは地球温暖化の緩和にもつながります。以上、小さなネズミの小さなウンチの、さらにまた小さなDNAを分析することで、次第に生態系が解き明かされてきたという一つの研究成果を紹介しました。自然や動物に関心のある皆さん、一緒に研究しませんか?
地域を舞台にした研究の成果を、世界の雑誌を通して、多くの皆様にお届けできたことに安堵するとともに、今回の研究により課題がはっきりしたことで、今後の研究にもつながりそうです。論文を書くということは、世の中を少しでも明らかにしたということをたくさんの人に知ってもらいたいという人間の欲求から来るもので、書きたいから書くものです。苦しくも楽しい作業ですよね。最後に、今年のアカネズミの採集風景をYoutubeでどうぞ(下)。楽しそうでしょ。始めたばかりの生物工学科チャンネルもよろしくお願いします。
学長から一言:森の中でアカネズミをトラップで捕獲して、見落としそうな小さな排泄物を集め、その中に含まれる生物のDNAを分析していく作業。とんでもなく手間暇がかかり、骨の折れる研究を根気強く続けた末、その結果を学術論文にまとめて発表し、めでたく価値ある研究成果として国際的に認められたのは、何とも嬉しい知らせです。こういう地道な基礎研究が、個々の動物の食性を明らかにするだけでなく、自然を守ることにつながり、新たな実践的・実用的価値を生むことにもつながるのでしょう。こんな有意義で面白い研究に興味を抱く若者が生物工学科にドンドン集まって下さるといいですね。