【☆学長短信☆】No.4 「恵贈書から考えたこと」
ここ1か月のあいだに3冊の近刊の書物を相次いで頂戴しました。受贈時期の早い順に、ロシア・ソビエト教育研究会編著『現代ロシアの教育改革-伝統と革新の〈光〉を求めて-』(東信堂刊、A5・全432頁)、市川昭午著『教育改革の終焉』(教育開発研究所刊、B5・全576頁)、安原義仁著『イギリス大学史-中世から現代まで-』(昭和堂刊、A5・全584頁)です。なにしろいずれも大著、ようやく2冊を読了し、3冊目を拝読しています。
最初の書物の贈り主は、かつて机を並べた学友で首都大学東京名誉教授の岩崎正吾氏。この書物には長い歴史があり、国立教育研究所(現 教育政策研究所)でおよそ半世紀前に川野辺敏名誉所員の周りに自主的に集ったソビエト教育研究者の思いが凝縮されています。ソ連崩壊からロシアへと、体制の変化が教育に及ぼした様子に最大の関心を持って読んだのですが、川野辺先生の次の言葉になぜかホッとしました。すなわち、「体制が変化しても、子どもは子ども、庶民は庶民として生活しており、賃金も不十分な教師も、目標や指導法は変わっても、生徒への思いや、姿勢は変化しません」と。望むらくは本学でも、分野は問わず、こうした息の長いインビジブル・カレッジ=見えざる大学が構築されて欲しいものです。
2冊目もやはり国研時代からずっと仰ぎ見てきた存在からのご恵贈書です。「生涯一研究者の証」として同書を上梓されたという著者は、昭和5年生まれに因むお名前から計算できるように、卒寿を越えても尚その研究意欲が衰えることがありません。1990年代以降の、次々と現れても一向に成就することのない教育改革とそれをめぐる議論に鋭い分析が加えられています。
3冊目は同学の先輩であり、私がまるでその後ばかりを追うように職場を異動して、同僚として仕事もした広島大名誉教授の著者の渾身の一冊です。まさに研究の集大成であり、イギリス大学史研究において、今後のスタンダードな文献になると確信しています。
さて、書評は他の方々に譲るとして、3冊の大著を前に連想した、研究者ないし学者の人生における研究成果発表周期の4タイプについて、愚見を書き記して見たくなりました。
第一に、若い頃から晩年まで変わることなく研究成果、それも市販書を公刊し続け、輝き続ける研究者。こういう方は極々稀ですが、私の狭い付き合い範囲や交流関係の中でも、例えば作家として生きても、きっと一角の人物になられたことだろうと、羨ましいばかりの方が確かにいらっしゃいます。
第二に、若い時には華々しく、論博でなく課程博士が普遍化する中ではとくに、学位取得に向けて全力で頑張った後、力を出し尽くしたかのように、鳴かず飛ばず状態で残りを過ごす人。
第三に、若い頃にはそれほど目立たなかったのに、その後の絶えざる研鑽を通じて尻上がりに実力を発揮し、終盤に圧巻の成果を生み出す人。
そして第四に、学者を生業にしながら、さしたる研究成果をほとんど公にすることなく長い人生を送る人、です。
この最後の範疇は論外として脇に置いておきたい気もしますが、もちろん例外はあります。漱石の『三四郎』に登場する尊称「偉大なる暗闇」こと広田萇と重ね合わせて語られ、自らは生涯何一つ著述しなかった旧制一高教授の岩本禎などはその典型でしょう。まるでブラックホールの如く万巻の書を呑み込み、その底知れない学識を背景に、教わった者の多くに深遠な影響を及ぼすのです。
翻って、本学の研究者はどのタイプに当てはまるでしょう。他人事ではありません。私自身が冒頭の先輩、大先輩からの贈り物を読むにつけ、研究面での「ご隠居」を託っている場合かと、頭をコツンとやられた思いがしたことだったのです。
もちろん分野によっても、文系か理系かの基本的違いによっても事情は大きく異なります。私の専門分野のような所に属する人間にとっては、単著こそ重要で、複数名による共著論文などは余り価値を認められません。ところが、理系では共同研究がむしろ当たり前のようです。また、身の回りに実験器具や分析機器がなければ、研究業績を上げることがきわめて困難な分野があります。所属機関の経費で研究資材を調達できる恵まれた条件を手にしている幸運を今一度思い浮かべてみる、そして、その環境を十分に活かし切れていないとすれば、心を新たにすることも必要でしょう。
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【ちょっと良い話】
出身高校の創立記念式典で同窓会賞を授与される栄誉に浴した人がいます。生命工学部海洋生物科学科4年の中荒井李華さんです。実は彼女、昨年オンラインで授業実施の時期に帰省していた実家で受講していた際、布マスク300枚をミシンで手作りし、マスク不足で困っていた母校の栃木県立馬頭高校に寄贈し、地元紙(『下野新聞SOON』2020年5月14日)で取り上げられ、学長室ブログ(2020年5月26日)にも載っています。そのことが今回の受賞につながったのです。たまたま教員免許取得に必須の教育実習を母校で行うために帰省していた彼女は、20代での受賞は珍しいとのことで、大いに緊張しながら実習初日に行われた授賞式での挨拶を終えたそうです。彼女は3年生の時にはトビタテ留学ジャパンのプログラムで米国南カリフォルニアの水族館での研修を経験するなど、実にアクティブな学生です。ちなみに、やはりトビタテで短期留学した高知県出身で生物工学科を今年3月に卒業した片岡玲実奈さんは、笠岡市の「地域おこし協力隊員」の委嘱を受けて活躍していることが地元紙(『中国新聞』2021年5月7日)に載りました。元気な女性の活躍、嬉しい話です。